静脈血栓塞栓症の予防法

1. 予防法の種類(表3

・早期離床および積極的な運動

 静脈血栓塞栓症の予防の基本となる。臥床を余儀なくされる状況下において早期から下肢の自動他動運動やマッサージを行い,早期離床を目指す。

・弾性ストッキング

 中リスクの患者では静脈血栓塞栓症の有意な予防効果を認めるが,高リスク以上の患者では単独使用での効果は弱い。足首が16〜20mmHgの圧迫圧で,サイズがしっかり合った弾性ストッキングを使用する。着用が容易で不快感が少ないなどの点からハイソックス・タイプがストッキング・タイプより推奨される。弾性ストッキングが足の形に合わない場合や下肢の手術や病変のためにストッキングが使用できない場合には,弾性包帯の使用を考慮する。入院中は,術前術後はもちろん,静脈血栓塞栓症のリスクが続く限り終日着用する。

・間欠的空気圧迫法

 高リスクにも有効であり,特に出血のリスクが高い場合に有用である。カーフポンプ・タイプとフットポンプ・タイプがよく使用されるが,手術の種類など目的により使い分ける。原則として,周術期では手術前あるいは手術中より装着開始,また外傷や内科疾患では臥床初期より装着を開始し,少なくとも十分な歩行が可能となるまで終日装着する。使用開始時に深部静脈血栓症の存在を否定できない場合,すなわち手術後や長期臥床後から装着する場合には,深部静脈血栓症の有無に配慮し十分なインフォームド・コンセントの下に使用して,肺血栓塞栓症の発症に注意を払う。
 下腿の圧迫による総腓骨神経麻痺や区画症候群にも注意して使用する。

・低用量未分画ヘパリン

 8時間もしくは12時間ごとに未分画ヘパリン5,000単位を皮下注射する方法である。高リスクでは単独で有効であり,最高リスクでは理学的予防法と併用して使用する。脊椎麻酔や硬膜外麻酔の前後に使用する場合には,未分画ヘパリン2,500単位皮下注(8時間ないし12時間ごと)に減量することも選択肢に入れる。開始時期は危険因子の種類や強さによって異なるが,出血の合併症に十分注意し,必要ならば手術後なるべく出血性合併症の危険性が低くなってから開始する。通常は凝固能のモニタリングを必要とせず,簡便で安く,安全な方法である。しかし,出血のリスクが懸念される場合には,十分に凝固能を評価しながら使用する。
 抗凝固療法による予防は,少なくとも十分な歩行が可能となるまで継続する。静脈血栓塞栓症のリスクが持続して長期予防が必要な場合,未分画ヘパリンからワルファリンに切り換えて抗凝固療法を継続する。

・用量調節未分画ヘパリン

 APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の正常値上限を目標として未分画ヘパリンの投与量を調節して,抗凝固作用の効果をより確実にする方法である。最初に約3,500単位の未分画ヘパリンを皮下注射し,投与4時間後のAPTTが目標値となるように,8時間ごとに未分画ヘパリンを前回投与量±500単位で皮下注射する。煩雑な方法ではあるが,最高リスクでは単独使用でも効果がある。

・用量調節ワルファリン

 ワルファリンを内服し,PT-INR(プロトロンビン時間の国際標準化比)が1.5〜2.5となるように調節する方法である。ワルファリン内服開始から効果の発現までに3〜5日間を要するため,術前から投与を開始したり,投与開始初期には他の予防法を併用したりする。PT-INRのモニタリングを必要とする欠点はあるが,最高リスクにも単独で効果があり,安価で経口薬という利点を有する。

・その他の予防法
 本ガイドラインでは,アスピリンおよびデキストランは積極的には推奨しない。また,低分子量ヘパリンは欧米においては静脈血栓塞栓症の予防効果が高く評価されているが,本ガイドラインでは,保険承認薬剤(すなわち,未分画ヘパリンとワルファリン)を原則的に推奨する。

注: 2004年度の診療報酬改訂において「肺血栓塞栓症予防管理料」が新設された。病院(療養病棟,結核病棟および精神病棟を除く)または診療所(病養病床に係るものを除く)に入院中の患者であって,肺血栓塞栓症を発症する危険性の高いものに対して,予防を目的として,弾性ストッキングまたは間欠的空気圧迫装置を用いて計画的な医学管理を行った場合に,入院中1回に限り算定できる。

2. 抗凝固療法の合併症への対応

・未分画ヘパリン

 合併症として最も重要であるのは出血である。ほとんどの出血は未分画ヘパリンの中止と局所圧迫および適当な輸血により対応が可能である。しかし,生命を脅かす恐れがある出血の場合,硫酸プロタミンにより未分画ヘパリンの効果を中和させる必要がある。抗凝固療法の継続が困難となった場合の代替の予防法は,静脈血栓塞栓症のリスクが高い場合には間欠的空気圧迫法を,またすでにリスクが低下した場合には弾性ストッキングを選択する。出血以外の合併症では,ヘパリン起因性血小板減少症II型が重要である。ヘパリン起因性血小板減少症II型では,血小板減少に伴い出血ではなく重篤な動静脈血栓が生じる恐れがある。治療の原則は未分画ヘパリンの中止である。そのため代替の抗凝固薬が必要となる。わが国では,保険適用はないがアルガトロバンが代替薬としてあげられる。

・ワルファリン

 ワルファリンも最も重要な合併症は出血である。生命を脅かす出血でPT-INRが延長している場合には,血漿輸血により凝固欠損を直ちに補正しつつ,ビタミンK10〜25mgを静脈注射する。






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