本ガイドラインは,日本人における理想的な静脈血栓塞栓症の予防の推奨を試みており,現時点で入手可能な限りの日本人のデータを収集して,それに基づいて策定した。しかしながら,現存する日本人に関するデータは未だランダム化された試験がほとんどなく,データの信頼性も自ずと低いものとなる。したがって,本ガイドラインは欧米のガイドラインのように十分なエビデンスに基づいたものではなく,静脈血栓塞栓症の予防を考慮する際の1つの指針に過ぎないことを十分念頭に置く必要がある。
また,仮にエビデンスに基づいた理想的なガイドラインであっても,各々の症例においては複数のリスクが重複してその評価は非常に複雑となり,画一的な静脈血栓塞栓症の予防は容易ではない。さらに,未だ解明されていない先天的な血栓性素因が存在する可能性も十分考えられ,後天的なリスクの評価のみでは静脈血栓塞栓症の完全なる予防は不可能である。
したがって,個々の症例に対するリスク評価や予防法は,本ガイドラインを参考にしつつも,最終的には主治医がその責任において決定しなければならない。合併症の危険を伴う予防法の施行においては,患者と十分に協議を行い,インフォームド・コンセントを取得することも考慮する。
さらに,予防と同様に重要であることは,各種疾患や手術・処置においては静脈血栓塞栓症が発症する可能性が十分にあること,および適切な予防法を行っても完全なる発症予防は困難であることを理解し,患者への十分な説明を怠らないことである。加えて,静脈血栓塞栓症が発症した場合の適切な対応が不可欠であることも,銘記する必要がある。
最後に,本ガイドラインは医療行為を制限するものではなく,本ガイドラインで推奨する予防法を医療従事者に義務づけるものではないことを明記しておく。本ガイドラインを基本にして,各施設が各々の実情に応じた独自のマニュアルを作成して実践することが理想である。 |
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